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0025 やまがた すみこ 風・空・そして愛  日本コロムビア CD7149−A   1975





いっきょに、70年代に帰ってきました。すみこさんのファンの方はおいでですか?
かくいう筆者も、名前だけは・・・的な感じしか覚えていませんでした。
当時の時代背景からして、60年代のフォーク・ブームの全盛期からはちょっとずれて安定期みたいな頃
でしょうか?日本のジョーン・バエズと称された、森山良子さんの時代の後となるでしょう。

 

ジョーン・バエズは、60年代フォークの女王として皆様ご存じのとおりです。
「ドンナ・ドンナ」なんかは、ギター入門の練習曲として初心者を悩ませました。
Amから始まるのですが、サビという難関が待っているのでした。
キャンパスのサークル部屋では、全員で大盛り上がりの一曲でした。
また、かのボブ・ディランの恋人として一時有名になったこともありました。

 

 

左の「歌ってよ・・」は拓郎の作品で、彼女の歌唱力も手伝ってスマッシュ・ヒットしました。名曲です。
男女フォークの両雄が、がっぷり四つに組んだ傑作ですね。右はフォークから歌謡路線へシフト変更してからor途中で
彼女を一躍有名にした曲です。もちろん「禁じられた恋」のほうですが、これは初回生産盤のせいかABが逆に
なっています。この現象は歌謡界、演歌界によく発生する嬉しい?誤算の結果です。
A面より、なにかのきっかけでB面の方が売れてしまうというアレです。
そしてジャケ差し替えという、コレクター泣かせのアイテムが誕生するのです。
なかなか本題に進めませんが、今春まっさかりです。・・いうことで登場してもらいましょう。

 

「桜(独唱)」の森山直太郎氏です。まじめな話、最近の音楽事情にうとい筆者は彼の存在も曲も
まったく、ヒットするまで知りませんでした。きっかけは紅白出場だったでしょうか。
・・・けれど、なんかニオイがするなァ・・・と感じていました。
独特の歌唱スタイルやらから、姓からも、もしやあの森山良子さんの息子さんでは?と単純に疑心暗鬼でしたが
調べてみて、やっぱり!ということになりました。息子さんでした。これは自慢でもなんでもありません。
長年で身につけた臭覚みたいなもので、ニオイを察知していまうのです。
・・ヤッパ、手前味噌カナ?
当初はサッカーで身を立てようとして頑張ったらしいのですが、それも親の音楽環境に反駁しようとする
心象背景があったようです。が大成せずとあきらめて、音楽に道に入いったいきさつがありました。
それも最初は、七光の中傷を嫌ってか、姓の森山をあえて伏せて、直太郎でインディーズから出発したようです。
現在は皆様の知る森山直太郎氏です。

さて、また脇道にそれてしまいましたが本題のやまがたすみこさんです。
あの澄んだ歌声で隠れ?ファンも大分いらしたみたいです。
16歳でシンガーソングライターとしてデビューしたといいますから驚きです。1956年10月11日生まれということです。
大々的にヒットした、という彼女ではなかったですが、70年代に異彩をはなったアーティストには
間違いありません。表題写真はデビュー・アルバムです。

 



内容はオリジナルと当時のフォークのヒット曲でまとめられています。曲目から時代を感じさせます。
A−6の「暗い砂浜」は、GSになる前のビレッジ・シンガーズのヒット曲です。
ファズを使わない、クリアーなギターなバンド・サウンドで、いわばカレッジ・ロック的な清々しい出来です。
つまり、Vo.の清水道夫が入る前の時代です。「バラ色の雲」や「亜麻色の髪の乙女」より前ということです。
これが、そうです。



 

上が全盛期の彼らの作品です。

それでは、こののちの彼女の作品を見ていくことにしましょう。

   
 
  


 










この頃になると、SSWよりはAORシンガー的な志向性を打ち出して変身してしまいます。
この時期はファンにとって好き好きが分かれるところではないでしょうか。
時代の波に乗ってor生き残り作戦としては、仕方ありません。
しかし、この方向性の結果、運命の人=ご主人となる「井上鑑」氏と出会い、めでたく結婚となるのです。



フォーク路線では、とうてい邂逅はなかったでしょう。ここが人生の分かれ道でした。
人生すべて塞翁が馬・・でしょうか?必然だったのでしょうかねェ・・。
「井上鑑」氏といえば、名アレンジャーとして当時の数々のヒットを放ちました。
一番有名なのは寺尾聡の「ルビーの指環」でしょう。

  

珍しい作品も・・・ご紹介していきましょう。
少し前、離婚騒動で話題をまいた、あの方です。
個人的には、当時流行りの12インチシングルで発表された「水色のワンピ−ス」が大好きでした。
離婚事件は環境やら、その人の生き方が人格を変えてしまうような印象を受けました。
天国の三平師匠、いかがお思いですか?

 



いまでは、中年のおばさん役どころが多くなっていまいましたが、この頃が若さのピ−クでした。



この人は、あの桑名正博氏の実妹です。お兄さんに負けず、本格的なシンガーで
ソウルフルな歌いっぷりは日本ロックの中でも、金子マリと双頭をなします。
あえて、軽い?J−POPとかとは表現しません。この時代そういう表現は無かったからでもありますが。
機会があったら、是非お聴きください。



さて、ここで肝心なのは井上鑑氏は70年後半頃から、あの大瀧詠一氏と交流がありナイアガラ・サウンドとも
大いに関連があったという事です。一番成果が分かるのは「SONG BOOK」でしょう。
画像右が井上氏です。お二人の親密さが伝わってきます。



ここで、やまがたすみこと大瀧詠一が線で結ばれるのです。
いやはや、ここまで長い道のりでした。松本清澄の推理小説みたいな感じです。
大瀧氏といえばやはり、この作品でしょう。



 



初期の作品も、ちょいと覗いてみましょう。







初々しいですね。時が経って今はもう60歳を過ぎてしまいました。新作新作・・と言われながら
もう何年、何十年経ったでしょうか?彼ほどの力量があれば蓄えていた曲がたくさんあるはずなのに・・・。
ヤマタツ(山下達郎)氏は、どんどん円熟味が増して積極的なのに対して不思議な感じです。
大瀧氏の歌唱法が、彼の持つ詩世界に合わなくなったかもしれません。
松本隆氏の時代も終わりました。才能ではなく、時代が変わったのです。
最盛期には、大瀧氏も自分の楽曲に松本氏の詩を導入したら、自分の世界が壊れるという
危惧感をもったと、雑誌で読んだことがあります。
酷な言い方をすれば、中年(老年?)オヤジの囁くようなラヴ・ソングには、もう限界があるということです。
(大瀧ファンのみなさま、気をわるくしたらスミマセン)
演歌の世界は歳と共に、味わいが出てくるものですが、POPSはそうはいきません。
鈴木英人氏のイラストの世界と大瀧氏のソング・ワールド・・・これこそが絶頂期ではなかったでしょうか。
それなら、せめて曲だけでも他のアーティストに提供・発表してくれたらな・・と切望するばかりです。
それでも、自分の作品のリマスター化には積極的で毎年、○○周年記念リイシューとして発表していますね。
そういえば、本HP 
0005 山下達郎 FROM NIAGARA 1983 で取り上げたレコードが・・・



・・・・・



・・・として、つい最近CD化されました。これにはビックリ!
初回盤は三方箱入りジャケというので、つい買ってしまいました。

プロデュース、リマスタリングは大瀧詠一。
>79年に契約の関係上、当時の発売元(コロムビア)で勝手に編纂された企画盤。
>『ライドオンタイム』でブレイクした山下達郎人気に便乗したカタログのため
>当人および関係者からは非公認として取り扱われ、今までCD化ですら実現しなかった。
>ゆえにアナログ盤でしか存在せず、後年事情をしらないファンからは幻の作品とうたわれ
>中古盤市場では高値を呼ぶこととなる。オリジナルジャケットはお粗末なものでタイトルを記しただけのもの。
>30年間放置されていた存在だったが、30年たった今真の形をもって発表されるものである

という次第で編集作業では、話題にはことかきませんが・・・。



さて、ここでは、大瀧氏が他のアーティストに提供した作品をピックアップしてみましょう。

 

 

 

この探偵物語は、中身のカラー・レコードが数種(色違い)あってマニア泣かせでした。



 

  

こうしてみれば「恋する二人」と「A面で恋をして」は、同じコンセプトだったんですね。
中原さんは、どうしているんでしょうか。





・・・・・いやぁ、実に多いものです。これもほんの一部でしょう。

大分、長くなってしまいました。ここいらへんでお開きとしましょう。
本稿のテーマを忘れないため、もう一度、やまがたすみこさんを呼んでみましょう。


0026 川島なお美 未・来・人  東芝 TP−90275   1984





また、80年代に帰ってきました。ちょっと顔立ちが違っていてアレ?と思われた方も
いらしたと思いますが、間違いなく=川島なお美さんの25年前の作品です。
いつものように、レコ屋を探してあちこちと放浪の日々ですが、最近本当に数が激減したように感じます。
閉店のラッシュが止まりません・・・。レコキチとしては悲しい状況でレコード文化の火が消えるのでは?
と、危惧するばかりです。・・・さて、気持ちを切り替えて本稿に入りましょう。



川島 なお美 、1960年11月10日生まれ=キャンパス・クィーンの初期の代表アーティストです。
文化放送がセイ!ヤングの後番組として、1981年10月からスタートさせたミスDJリクエストパレードの初代DJに抜擢され、
これにより、深夜の顔となりが彼女の人気が決定付けられたようである。
ともすれば、歌手だったの?という声が聴こえてきそうだが、80年代を駆け抜けたアイドルの一人です。
けれど、ディスコグラフィー を見てみると思ったより作品が少なかったので意外!という結果でした。

<シングル>
シャンペンNo.5 (1979年4月) EP:C-134
ハネムーン (1981年5月) EP:ETP-17155
愛しのマンドリーノ (1982年3月) EP:TP-17303
ラヴ・ミー・タイト (1982年8月) EP:TP-17371
Ash Wednesday (1983年1月) LP:T10-1053
GEMINI (1983年7月) EP:TP-17493
涙・コパカバーナ (1984年8月) EP:TP-17581
想い出のビッグ・ウェンズデイ (1984年8月) EP:TP-17644 - ロレアル「FREE STYLE」CMソング
BE BOP CRAZY (1986年3月) EP:TP-17840
涙の海 (1997年10月) CDS:KIDX-349
薔薇の花みだら (1998年5月) CDS:KIDX-383 - 日本テレビ系『くれなゐ』エンディング曲

<アルバム>
HELLO! (1982年6月) CD:TOCT-25238、LP:TP-90166、CT:ZH28-1176
SO LONG (1982年12月) LP:TP-90205
シャワーのあとで (1983年7月) CD:CA35-1037・TOCT-26630、LP:TP-90233、CT:ZH28-1327
未・来・人 (1984年3月) CD:CA35-1071、LP:TP-90275、CT:ZH28-1402
銀幕のヒロイン (1984年9月) CD:CA35-1089、LP:TP-90299、CT:ZH28-1452
SCOOOP! (1985年3月) CD:CA32-1110、LP:TP-90325
TOKIO APPLAUSE (1986年4月) CD:CA32-1246、CT:ZH28-1662

<ベストアルバム>
なお美 コレクション (1983年11月) CD:CA35-1061、LP:TP-90253、CT:ZH28-1371
CD ベストナウ (1986年12月) CD:CA32-1352
ベストアルバム W (1993年12月) CD:TOCT-8263
ゴールデン☆ベスト (2003年6月) CD:TOCT-10913
NEW BEST 1500 (2005年8月) CD:TOCT-11031


・・・だから、この時期のイメージよりは晩年?=現在の彼女のそれが多くの人の脳裏に焼き付いているのではないだろうか。

当時の記憶としても、とりたててヒット曲というもの無かったし、可愛いアイドル的存在というのが
彼女の位置づけでしょう。
しかし、写真のレコードのように、メーカーのプローモーションの入れ込みぶりが伝わってきます。
それでは活躍ぶりを見てみましょう。まず、この作品から・・・



 

仕掛け人の顔ぶれは、その時代の音楽の象徴でもある。
作家陣には、伊藤銀次・大野克夫(もちろん元スパイダースの彼です。太陽に吠えろ!といえば一発でしょうか)
・加瀬邦彦(ワイルド・ワンズ)等のそうそうたる面子を揃えています。
編曲は前項で取り上げた、井上鑑氏が各曲に名を連ねています。よーく見ると、コーラスには
同じく、やまがたすみこさんのクレジットもありますねェ。この頃はご結婚されていたんでしょうか。
外国盤?今となっては、昔風な表現ですね=米英では、このクレジットを裏面に記載するのが普通で
デビュー間もなき新人の輸入盤などは、これを頼りに判断し、あとは勘で買ったものでした。
言いかえれば、国内アーティストの作品もこういった表記が全盤の裏にあると、もっと知識も広がっていたような気がします。
他の作品も見ていきましょう・・・・・

 

 

右は本稿の作品のカセット盤です。当たり前のように併売されていました。
レコードかorカセットか?と迷ったりして・・懐かしいですね。

ここで、貴重なシングルを発見しました!
所属は、てっきり最初から東芝からと思っていたのですが、これが最初の作品で
なんとキャニオン・レコードからのものです。
あどけない・・・という表現が適切でしょう。なんとも珍しいものです。
偶然か必然か?タイトル名=シャンペーン=ワインが後の彼女の代名詞になるとは、
まさかこの頃は思いもしなかったでしょう。
人生の歯車はなんとも不思議なものです。
作家などの個性はデビュー作で決まる・・と言いますが、まさしくこのような例でしょうか。

 

いやぁ、可愛かったですねェ。
次はLPを追っていきましょう。時代を映しています。





 

CDの時代の到来です。

 

当時のスナップを・・・。繰り返しますが、お顔が大分違います。あとで現在の写真なぞを・・。



 

 

だんだん面影が似てきました。このあと不遇な時代が長く続き
現在の様に広い世代で知名度が上がるまでにかなりの時間を要し
1997年『失楽園』(TV版)主演で、現在の地位を確立するようになります。



今度は一挙に時代が近くになります。これから、華々しい活躍をしていくのは皆様の周知のとおりです。



なんと!入浴剤もプロデュースしていまいます。





この路線が人気を決定づけたようです。もう音楽とは何の関係もないのですが、ノリで続けます。





そして、ワインといえば・・・というほど定着しましたね。

  

写真集でも話題を集めましたが、ノリついでのおまけとしてちょっと覗いてみましょう。
おっと、その前に・・本サイトはテーマの関連上、18歳以上の方が100パーセントだとは思いますが
一応・・・あなたは18歳以上ですか?
YESであれば、どうぞご入場ください。18歳以下の方は、ここからはご退場ください。













それでは、昔と今・・・・・見比べてみましょう。

 

・・・いかがでしょうか?

※最後に、あくまでも本サイトは音楽をメインとするものですから、やはりMUSICで締めましょう!
彼女がワイン党でしたから、ここはこの曲をバック・グラウンドで聴きながら・・・お開きとしましょう。

 

 ♪もっと勝手に恋したり
  ♪もっとキッスを楽しんだり
  ♪忘れそうな想い出を・・・・・


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