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since 20/09/2008

新コーナーです。洋楽・邦楽などジャンルを問わず、順不同のピック・アップ形式で進めていきたいと思います。


001 ローリング・ストーンズ  ダイスをころがせ 国内 ワーナー・パイオニア P-1115S  1972
 

第一号は、やはりロック界のドンからいきますか。
アンディ・ウォフォールのベロマークから発展させた、中心部くりぬきのギミック・ジャケになっています。
アルバム「メイン・ストリートのならず者」からの、第一弾カットです。ウラオモテ両方楽しめます。
002 ビートルズ レディ・マドンナ 国内 東芝 OR-1902  1968



順序が難しいところですが、言わずもがな・・・のビートルズです。
当時、日本の東芝レーベルだけが、エヴァー・クリーンレコードと称して、赤盤をプレスしていました。
もともと、全世界的にレコード開発時には盤の色は決めてなかったそうで、塩化ビニールならなんでも
良かったそうですが、落ち着いて見えるから・・との、単純な理由で黒になったそうです。
他社は黒盤、東芝だけ赤・・・で、当時は「そういうものか・・」的感じで、開けてたら・・赤、という具合でした。
実際、同じタイトルでも、赤も黒も存在していたのです。
何かの本で読んだのですが、当時の東芝レコード工場のプレス担当の方が言うには、レコード原料としての
 塩化ビニールは、基本は赤なのだが、在庫が無い時は黒で・・・と、そんなに厳密には生産してなかった
ようです。これが、時間を経て・・コレクターorマニア泣かせとなっていくのです。
赤盤は時代とともに無くなっていくのですが、これが原因で「当時の赤盤」にプレミアムが付いてしまったのです。
黒盤に比べて、シングルもアルバムも高〜いですヨ。
気のせいか、エヴァー・クリーンレコード赤盤は汚れもあまり付かず、音も良かったような気がしたものです。
たかだか、電蓄(若い方はご存じですか?)での再生で、それも中学生の想い出ですが、
今で言うと、リマスターされたCDと、そうでないものの差とでも言うべきでしょうか。

このレコードの色は、80年代前後、欧米日問わずカラーレコードで新作を・・がブームとなり
ピンク・ブルー・イエロー等々とヴァリエーション豊かになって発表されました。
特に、英のNEWWAVEバンドの作品は、これが多く新譜の出るたび、毎回楽しみでした。
国内では、アイドルシンガーの初回カラーレコードです!的売りがおお流行りでした。
12インチレコードもそうでしたね。

003 湯原昌幸 がんばれ長嶋ジャイアンツ 国内キャニオン A-267 1975  ちあき なおみ 女どうし 国内 日本コロムビア P-458 1976
ジャンルが飛びますので、どうぞご容赦ください。
初めにご説明したとおり、今回からこんな調子で進んで行きたいと思います。
ジャィイアンツ・ファンなら、ご存じの方が多いのでしょうか?でもレコードとなると、探そうとしても・・・難しそうです。
筆者はただの偶然でした。
歌っている湯原氏は、確か「雨のバラード」の一発屋さんでしたが、そのキャラからか、一時期時代劇などにも出演していた
みたいですね。その前は、津々美洋とオールスター・ワゴンでvo.を担当していた筈です。GS末期ころか・・・。
アイドルの奥さん(荒木真由美さん)をもらって、TVの家庭用の日用品のCMで出ていた記憶があります。
もう、お目にかからなくなりましたが、70代近くになっているのかな?

ちあき・なおみさんほど、現役復帰を請われている歌手はいないでしょう。
「四つのお願い」や「X+Y・・」「喝采」の大ヒットのあと、「矢切りの渡し」を経て方向転換し、
歌に語りや舞台の演技を取り入れた表現方法で、演歌に革命を起こしました。
しかし、夫の死を機会に芸能活動を封印してしまいました。
「紅とんぼ」でしたっけ?・・新宿は・・・の歌を生で聴きたいものです。
004 ホット・ゴシップ ブレイク・ミー 国内 ビクター VIPS-1797  1985
特に意味はありません。
80年前後のディスコ・ブームにかけて、雨後の竹の子のように、同じようなグループが星の数ほど
デビューしました。あれは一体なんだったでしょうか?と振り返ってしまいます。
1985年ですから、そろそろブームも下火へ・・・そんな時代の記録です。ちなみにイギリス産とか・・。
005 ベンチャーズ コンパクト盤 4曲入り 国内 東芝 LP-4060   1965
ご存じ、ベンチャーズです。そして、またまた赤盤でした。
当時、このコンパクト盤というスタイルのシングル集がウケて、数多く出回りました。
シングル盤は300円から330円でしたので、4曲で500円という割安感がウケたのでしょう。
ただし、先行のヒット・シングルのチャートが落ち着いてから、ひょこっと出してくるのです。
つまり、流行りが終わった頃にヒット・シングルを編集して発売してくるのです。
商売がうまかったのですね〜・・。300円が大金の少年にとって、LPまではとても手が出ず
このコンパクト盤をお金を貯めてコツコツ買ったものでした。
そして、エレキを手にコピーをするのです。今でもブルドッグのイントロには、ナキがはいります。
日本全国ベンチャーズ一色の中学生時代でした。
006 橋 幸夫 白い制服 芸魂 国内 ビクター VS-1086   1963 
元祖御三家「・・メキシカン・ロック」の変なものまねで、再度有名になった橋幸夫さんです。
1963年といえば、ビートルズがデビューした年ですネェ〜!
こちら、日本では歌謡界にニュー・ウェイブが起こっておりました。舟木一夫、西郷輝彦が斬新な歌詞・楽曲で
世の中、一大ブームとなりましたね。吉田正、遠藤実、北原じゅん等の作曲家の時代でした。
この時代、売れっ子アーティストは年数枚のシングルを発表していて、コレクター諸氏もチェックに大変なようです。
今でこそ、2〜3ヶ月サイクルで新曲が出ますが、当時は半年で一枚・・も、が普通でした。
という訳で、この曲はまったく記憶にありません。無責任かな・・・?
盤を出したのは、シングルの抜き溝の形を伝えたかったからです。メーカーによって、まんまるだったり、写真のように
くり抜きだったり、さまざまでした。おかげで、シングル・アダプターを取ったり付けたり、いらぬ事に時間を費やしました。
でも、そんなアナログな時代が懐かしいんですね。
007 竹内まりや 不思議なピーチパイ 非売品(RVC)  加藤和彦 おかえりなさい秋のテーマ  非売品(W・パイオニア) どちらも 1980
CMタイアップの創成期みたいな時代でした。資生堂のCMソングです。
どちらも、非売品ですので、当時化粧品店で販促品or景品で配布されたものです。
筆者は女性ではありませんがので、仔細は分かりませんが結構見かけます。
驚くことに、作曲はどちらも加藤和彦氏なのです。さすが時代をとらえる業師です。
春秋コレクションとでも言えばいいのでしょうか。
不思議なピーチパイ
あたりは、竹内ヴァージョンも出ていそうですね。
もう少しでCDの足音が聞こえてきそうな時代ですが、CDパターンもあったのでしょうか。
008 バラバラ レインボウズ 国内 日本コロムビア LL-1012-C 1967 小さな恋のメロディ 国内 ポリドール DP-1787 1971?
いやぁ、この曲は流行りましたね。ヒット曲のセオリー=まず、覚えやすいがドン・ピシャのナンバーでした。
誰もが口ずさめるし、英語が分からなくてもOK!でコード進行も単純明快!
現代流の殺人事件だと、これは困りますが・・。歌っているには、なんとドイツのバンドでした。英語圏ではないからこそ
発想できる歌詞だったのでしょうか。聴けば、どっかで・・聞いたような、忘れようとしても思い出せない・・バカボンのパパみたい
な曲でした。スウィンギング・ブルージーンズの「ヒッピー・ヒッピー・シェイク」のパターンですね。

サントラです。あのマーク・レスターが可愛かったですね。歌っているのは、フィーバーする前のビー・ジーズです。
ともすれば、ディスコ・サウンドの「サタディナイト・フィーバー」とか「ステイン・アライヴ」等で有名ですが、この70年代時期の
ソフト・メロディアス・ロックの佳作を発表していた頃があなどれません。
「ニューヨーク炭鉱の悲劇」「マサチューセッツ」など名曲が目白押しです。
009 恋のしずく 伊東ゆかり 国内 キング BS-777 1968


・・肩をぬらす〜・・で、おなじみの誰もが知っている月光仮面のおじさんのような曲でした。
デビュー当初は、洋楽のカヴァーで人気を博しましたが、いつでも可愛い子チャンでは、この世界は甘くはない。
そして方向転換、女ごころをしっとりと歌える方になりました。
小川知子さんの「夕べの秘密」と似ている曲調ですね。
この頃になると、人気にある歌手はシングルでもダブル(折り返し)ジャケとなってきます。やはり、豪華さを感じます。

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